2026年02月14日

〈催事0609〉:つやざき手拭

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写真@:津屋崎の歴史、文化、風景を描いた「つやざき手拭」

福津市の豊村酒造で素敵な特製「つやざき手拭」販売中
「津屋崎の歴史、文化、風景を描き、この地ならではの物語を一枚の布に移す」

 福津市津屋崎4丁目の国指定重要文化財「豊村酒造旧醸造場施設」の主屋で、素敵な「つやざき手拭」=写真@=の販売が始まり、豊村酒造(「津屋崎千軒 海とまちなみの会」会員)の旧醸造場施設を見学に訪れる観光客に好評です。近くに花祭窯を構える陶芸作家・藤吉憲典さん(59)デザインの特製手拭(価格2千円)で、売上金全額が一般財団法人津屋崎豊村喜三郎記念財団(代表理事・豊村理惠子「豊村酒造」社長)へ寄付され、地域の文化継承とまちづくりに役立てられます。

 特製手拭は、右端に豊村酒造の煙突と主屋玄関に下げられた杉玉と津屋崎人形の「モマ笛」が描かれ、煙突の左側には津屋崎祇園山笠の「北」「新」「岡」の3流(ながれ)の文字入り法被を着た締め込み姿のかき手の男衆、その右に津屋崎の氏神・波折神社の境内に奉納された「波乗り兎」の石像を配置。上部には宮地嶽神社の“光の道”参道の鳥居と夕陽が沈む宮地浜沖の相島が描かれ、その下に津屋崎干潟に朝鮮半島から飛来する絶滅危惧種の冬鳥・クロツラヘラサギや、玄界灘や磯で獲れる鯛やイカ、サザエなどが巧にデザインされています。

 豊村理惠子代表理事は、この特製手拭を包む帯に「つやざきものがたり」のタイトルを付け、「津屋崎の歴史、文化、風景に着想を得て描かれた意匠は、この地ならではの物語を一枚の布に映し出しています。本手拭は津屋崎限定の制作で、ここでしか手に入らない品です」と説明しています。
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2026年01月25日

〈催事0608〉:津屋崎千軒文化財探訪

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写真@:松本将一郎・福岡県教育庁文化財保護課技術主査(右端)の「津屋崎の文化財について」の講演を聴く受講者たち
    =福津市津屋崎4丁目の国指定重要文化財「豊村酒造」主屋・本座敷で、2026年1月25日撮影

福津市の豊村酒造で「津屋崎千軒文化財探訪」が開催されました
観光庁「地域観光魅力向上事業」採択〜津屋崎千軒クロニクル〜事業

 観光庁「地域観光魅力向上事業」採択〜津屋崎千軒クロニクル〜事業『津屋崎千軒文化財探訪』=一般財団法人津屋崎豊村喜三郎記念財団(代表理事・豊村理惠子「豊村酒造」社長)主催=が2026年1月25日、福津市津屋崎4丁目の国指定重要文化財「豊村酒造旧醸造場施設」の主屋・本座敷で開催されました=写真@=。

 「豊村酒造旧醸造場施設」は令和6年(2024年)1月19日、国の重要文化財(建造物)に指定。貴重な文化遺産の保存・継承と津屋崎の地域活性化に寄与することを目的に同年2月4日、一般財団法人津屋崎豊村喜三郎記念財団が豊村酒造(「津屋崎千軒 海とまちなみの会」会員)に設立されました。

 『津屋崎千軒文化財探訪』は参加無料で、福津市内外の20歳以上の23人が午後1時から豊村酒造の普段非公開の本座敷(十畳二室の続き間)で受講。【第一部/講座】では、「豊村酒造旧醸造場施設を活用し、津屋崎の発展に寄与できるように努めたい」としている豊村理惠子代表理事が「お寒い中、参加いただき、ありがとうございます」と主催者挨拶=写真A=し、財団の設立経緯と重要文化財指定後の状況を大久保つや子理事がスライド映像をスクリーンに映写して説明した後、豊村酒造の歴史を映像・音声で収録したDVDが放映されました。

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写真A:主催者挨拶する豊村理惠子代表理事

 続いて、松本将一郎・福岡県教育庁文化財保護課技術主査が「津屋崎の文化財について」講演。江戸時代から海上交易と福岡藩直営の塩田で栄えた津屋崎千軒の歴史と文化を伝える@「豊村酒造旧醸造場施設」A国登録有形文化財・津屋崎千軒民俗館「藍の家」B国登録有形文化財・「旧玉乃井旅館」の三つの文化財について、「いずれも津屋崎千軒の繁栄を物語る明治時代建築の町家で、貴重な文化財」と江戸時代や明治の古地図を紹介しながら解説しました。友人と受講した福津市の女性(74)は「知らないことばかりで、受講して良かった」と喜んでいました。

 このあと、【第二部/スペシャルガイドツアー】に移り、受講者は古閑由美「藍の家保存会」代表のガイド=写真B=で「豊村酒造旧醸造場施設」と「藍の家」、「旧玉乃井旅館」を見学して「豊村酒造」に戻り、清酒「豊盛」の試飲も楽しみました。
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写真B:豊村酒造主屋・土間でガイドする古閑由美「藍の家保存会」代表(手前向き)
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2026年01月12日

〈催事0607〉:「上妻家のはなし」展


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写真@:上妻家の歴史の説明文や写真が掲示された「上妻家のはなし」展
    =福津市津屋崎4丁目の津屋崎千軒民俗館「藍の家」1階座敷で、2026年1月12日撮影

〜「藍の家」を建てた上妻家の人たちはどこから津屋崎に来て、どのような暮らしをしたか〜
福津市の津屋崎千軒民俗館「藍の家」で「上妻家のはなし」展が始まりました

 福津市津屋崎4丁目の国登録有形文化財・津屋崎千軒民俗館「藍の家」で2026年1月12日、「上妻家のはなし」展〜「藍の家」を建てた上妻家の人たちはどこから津屋崎に来て、どのような暮らしをしたか〜が始まりました「藍の家」主催で、入場無料。25日まで。

 藍の家は、明治34年(1901年)に建てられた染物屋(紺屋)・五代目上妻(こうづま)善兵衛氏の住宅。白漆喰塗り込め壁に格子戸など当時の町屋形式の特徴を伝えています。上妻家住宅は、取り壊しが持ち上がった平成6年(1994年)に旧津屋崎町街並み保存協議会の保存運動で、上妻家が建物を旧津屋崎町(現福津市)に寄贈しました。平成19年(2007年)には、江戸時代から海上交易で栄えた〈津屋崎千軒〉の面影を残す建造物として、国登録有形文化財になり、現在は福津市が管理し、ボランティア団体・藍の家保存会(古閑由美代表)の運営で、地域の文化交流の場として活用されています。

 「上妻家のはなし」展は、藍の家1階座敷に藍の家保存会(津屋崎千軒 海とまちなみの会会員)が調べた歴史資料や上妻家先祖の墓の写真を掲示=写真@=。「上妻家の歴史」の説明文では、上妻家の先祖は、筑後の国上妻郡上妻荘(現八女市)の地頭職だったが、鎌倉時代に他家が地頭になり、室町時代に肥前松浦党が台頭してきて土地を巡る争いが激化、4代安次郎氏が宗像郡在自村(あらじむら=現福津市在自)に移住。5代善兵衛氏が旧上妻邸(現「藍の家」)を建て、七代善助氏の昭和35年(1960年)ごろ染物屋を廃業したとしています。
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2025年12月19日

〈催事0606〉:藤吉憲典個展

2512191039優・徳利を手にした「花祭窯」の藤吉憲典さんIMG_3502.JPG
写真@:「酒の器、祝の器」個展会場の「豊村酒造」本座敷で磁器を手に入場者に説明する藤吉憲典さん
    =福津市津屋崎4丁目の国指定重要文化財「豊村酒造」主屋で、2025年12月19日撮影

福津市の豊村酒造で「藤吉憲典個展」が始まりました
津屋崎千軒の肥前磁器工房「花祭窯」の酒の器、祝の器を展示

 津屋崎千軒に肥前磁器工房「花祭窯」を構える陶芸家・藤吉憲典さん(59)の「酒の器、祝の器」展(入場無料)が2025年12月19日、福津市津屋崎4丁目の国指定重要文化財「豊村酒造旧醸造場施設」の主屋・本座敷で始まりました=写真@=。一般財団法人津屋崎豊村喜三郎記念財団(代表理事・豊村理惠子「豊村酒造」社長)と、「花祭窯」の共催で、酒器や祝い事で使われる皿など約120点を展示。普段は入ることが出来ない重厚な造りの本座敷に入れるとあって、婦人客らが興味深そうに次々と入場していました。21日まで。

 藤吉さんは、佐賀県立有田工業高校デザイン科卒業。同県有田町の有田焼窯元に勤務後、江戸時代に隆盛を極めた古伊万里や有田焼、伊万里焼といった肥前磁器の染付、赤絵の伝統技術・文化を、生きた個性で形にする窯元「花祭窯」を同県江北町花祭で開き独立。2012年に福津市津屋崎4丁目8−20の古民家(木造2階建て)に移住、「花祭窯」にギャラリーを併設しました。ライフワークの「蕎麦猪口」と「小皿豆皿」をはじめ、和食器や酒の器を土こね、成形、絵付まですべての工程を一人で作り、分業が当たり前の磁器業界では珍しい陶芸家です。「現代の食卓で使いたい器、美意識の高い料理人さんに喜ばれる器を制作したい」と藤吉さん。

 「豊村酒造旧醸造場施設」は令和6年(2024年)1月19日、国の重要文化財(建造物)に指定。同年2月4日、貴重な文化遺産の保存・継承と津屋崎の地域活性化に寄与することを目的に一般財団法人津屋崎豊村喜三郎記念財団が豊村酒造に設立されました。「豊村酒造」(「海とまちなみの会」会員)の豊村理惠子社長は「豊村酒造旧醸造場施設を活用し、津屋崎の発展に寄与できるように努めたい」と話しています。          
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2025年12月13日

〈催事0604〉:14日に津屋崎義士祭開催

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写真@:2024年12月14日開催された津屋崎義士祭の法要
    =福津市津屋崎3丁目19の新泉岳寺で午前11時撮影

福津市の新泉岳寺で12月14日、津屋崎義士祭開催

法要で参列者が焼香後、義士を偲び蕎麦300食の振る舞いも

 2025年12月14日、赤穂浪士の討ち入り日に合わせて福津市津屋崎3丁目19の「萬松山新泉岳寺」で津屋崎義士祭=写真@=が行われます。津屋崎千軒いきいき夢の会ら10団体で組織の「津屋崎義士祭実行委員会」の主催で、福津市のまちづくりボランテイア団体・「津屋崎千軒 海とまちなみの会」も同委員会に参加しています。

 新泉岳寺は、地元実業家の児玉恒次郎氏が、桃中軒雲右衛門の赤穂義士を扱った浪曲に感動し、大正2年(1913年)に墓地の一角の約280坪に墓石を建てた赤穂浪士(四十七士)の墓地。東京都港区高輪の「泉岳寺」=写真A=から許可を得て、寺号と義士47人の墓砂を分霊としてもらい受けてカメの中に砂を入れ、「萬松山新泉岳寺」として祀りました。児玉氏は明治40年(1907年)、渡半島に伊藤伝右衛門らと「活洲場(いけすば)」を開設するなど町の観光開発にも貢献しました。寺の本堂は、戦前になくなっています。
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写真A:東京高輪の「泉岳寺」

 14日の津屋崎義士祭は、午前10時に寄せ太鼓と甲冑姿の武士が福津市津屋崎3丁目の「津屋崎千軒なごみ」を出発、津屋崎千軒通りを回り、新泉岳寺に到着後の同11時から和太鼓表現者が創作討ち入り太鼓を披露し、四十七士の法要が執り行われます。境内では正午から、義士が食したという蕎麦が300食振る舞われます。
                                 


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