写真@:上妻家の歴史の説明文や写真が掲示された「上妻家のはなし」展
=福津市津屋崎4丁目の津屋崎千軒民俗館「藍の家」1階座敷で、2026年1月12日撮影
〜「藍の家」を建てた上妻家の人たちはどこから津屋崎に来て、どのような暮らしをしたか〜
福津市の津屋崎千軒民俗館「藍の家」で「上妻家のはなし」展が始まりました
福津市津屋崎4丁目の国登録有形文化財・津屋崎千軒民俗館「藍の家」で2026年1月12日、「上妻家のはなし」展〜「藍の家」を建てた上妻家の人たちはどこから津屋崎に来て、どのような暮らしをしたか〜が始まりました「藍の家」主催で、入場無料。25日まで。
藍の家は、明治34年(1901年)に建てられた染物屋(紺屋)・五代目上妻(こうづま)善兵衛氏の住宅。白漆喰塗り込め壁に格子戸など当時の町屋形式の特徴を伝えています。上妻家住宅は、取り壊しが持ち上がった平成6年(1994年)に旧津屋崎町街並み保存協議会の保存運動で、上妻家が建物を旧津屋崎町(現福津市)に寄贈しました。平成19年(2007年)には、江戸時代から海上交易で栄えた〈津屋崎千軒〉の面影を残す建造物として、国登録有形文化財になり、現在は福津市が管理し、ボランティア団体・藍の家保存会(古閑由美代表)の運営で、地域の文化交流の場として活用されています。
「上妻家のはなし」展は、藍の家1階座敷に藍の家保存会(津屋崎千軒 海とまちなみの会会員)が調べた歴史資料や上妻家先祖の墓の写真を掲示=写真@=。「上妻家の歴史」の説明文では、上妻家の先祖は、筑後の国上妻郡上妻荘(現八女市)の地頭職だったが、鎌倉時代に他家が地頭になり、室町時代に肥前松浦党が台頭してきて土地を巡る争いが激化、4代安次郎氏が宗像郡在自村(あらじむら=現福津市在自)に移住。5代善兵衛氏が旧上妻邸(現「藍の家」)を建て、七代善助氏の昭和35年(1960年)ごろ染物屋を廃業したとしています。